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近代化産業遺産 総合リスト


 
建物紹介例
<写真1がここに入ります。(下は例)> 現在の建物名称(昔の建物名称)
住所(移設の場合、旧所在地) 建築年代
構造/階層 設計者/施工者
文化財指定・顕彰(ある場合)/所有状況/
使用状況(建造当時の用途)
建物説明をくどくどと。(文末に参考文献ナンバー)

北九州市戸畑区編

九州工業大学表門守衛所(旧明治専門学校表門衛所)
戸畑区仙水町 明治42年(1909)
木造/平屋建 辰野葛西事務所/鴻池組
/九州工業大学/守衛所(同左)
 九州工大前駅を降りまっすぐ南へ。しばらく歩くと九州工業大学が見えてきます。その正門から右手側に見えるのがこの建物です。小さいながらも曲線の庇をはじめとした窓周りにデザイン性が感じられます。辰野金吾の建築の中でもすっきりとした建物ではないでしょうか。
 明治専門学校の建造物群は辰野金吾によって設計されたものでしたが、戦後の一時期に次々と取り毀され、現在遺る創業時の建物はこれひとつのみとなってしまいました。(5.8.)

西日本工業倶楽部・洋館(旧松本健次郎邸)
戸畑区一枝一丁目 明治44年(1911)
木造スレート葺/2階建 辰野片岡事務所/不詳
国指定重要文化財/03.11/西日本工業倶楽部/倶楽部(住居)
 建物と内装品とが融合したかのようなデザイン性の高さが特徴的な、日本でも希有な文化財です。九州、いや日本炭鉱業の隆盛を今に伝えるその外見は、ハーフティンバーが見せる直線と時折現れる曲線とが織りなす芸術品と言えます。
 設計者は明治の巨匠・辰野金吾。アール・ヌーヴォー建築の代表作といっても良いのではないでしょうか。一部屋一部屋の内装、調度品、壁や床に至るまで気の抜けたところは全くありません。年二回の公開日には是非訪れることをお薦めします。北九州が誇る明治の代表建築です。(5.8.松本邸パンフレット.)

西日本工業倶楽部・日本館(旧松本健次郎邸)
戸畑区一枝一丁目 明治44年(1911)
木造瓦葺/2階建 久保田小三郎/不詳
国指定重要文化財/西日本工業倶楽部/倶楽部会館(個人住宅)
 素晴らしい洋館の東側、隠れるかの様に併設している建物は、日本の典型的な和風建築というところが実に面白い取り合わせであると言えます。こちらの建物は安川商店の建築担当者が設計を行ったそうで、洋館の迎賓館的な華やかさに比べこちらは実用面を重視した内装を見せています。
 とはいえ、洋館に負けないくらいの気合いと気概が建物の欄間や天井などに見られます。やはり和風建築としても注目すべき文化財であると言えるでしょう。(5.8.松本邸パンフレット.)

新栄運送施設(明治紡績工場施設)
戸畑区牧山新町 明治〜大正期
木造/平屋建 不詳/不詳
/民間/工場施設(同左)
 工場建築の典型である鋸屋根を持つ木造建築ですが、ポイントは道路とは反対側に拡がる防火壁です。煉瓦造の防火壁は工場内側からはモルタルによる塗装が施され、そうとは確認しづらくなってはいますが、この様に外部からはその姿を見る事が出来ます。
 元々は明治紡績の戸畑工場内施設として作られたもののようです。現状の姿から鑑みるに、現在遺っている施設は一部のみで元々はかなり大きめのノコギリ屋根工場であったと考えられます。北九州現存唯一の紡績工場遺構として重要な施設です。(41.)

日本溶接協会九州検定試験場(明治紡績工場施設)
戸畑区牧山新町 大正期?
煉瓦造/平屋建 不詳/不詳
/日本溶接協会/教育施設(工場施設)
 所有者の中では紡績工場の施設であったと言われていましたが、長年その由緒は定かではありませんでした。今回出版企画に基づく調査により、紡績工場の関連施設であることがはっきりしました。航空写真から見るとL字型に構成された建物で、現在は溶接検定機関の施設として利用されています。
 防火壁の立派さが目立つ建物ですが、全体的にはこれといった装飾もなく、煉瓦造である事を除けばごく一般的な工場付属施設であるといえます。(41.)

バックトン引張試験器(同左)
戸畑区仙水町 大正10年(1921)以前
教育用工作機械 不詳/英Buckton社
/04.5/九州工業大学/静態保存(工業機械)
 九州工業大学の戸畑キャンパスにはいくつかの野外機械展示が行われています。そのうち(機械学会的に)もっとも重要といわれている作品がこれ。元々は赤煉瓦の実験棟にあった引張りねじれなどの金属加工試験を行うための機械でした。建物解体とともに失われることを危惧した一部教授の手によって現在この姿を遺しています。
 同型のものは日本に2機しかなく、たとえ静態保存・野外保存だとはいえ、その存在は非常に重要なものだと言えます。大学構内にあるため、なかなか見ることは出来ませんが、オープンキャンパスの時にご見学ください。(41.)

九州工業大学標本資料庫(旧明治専門学校鉱山工学科)
戸畑区仙水町 昭和2年(1927)
鉄筋コンクリート造/2階建 不詳/不詳
/九州工業大学/静態保存(保管施設)
 大学構内を進んでいき、建物の中に隠れているように建てられている建物がこれです。近代化遺産建物関連では使われない建物の用途としてお決まりとなっている「資料庫」。とはいえ、大学の歩みを考える上ではこの建物をおろそかにするわけにはいかないでしょう。
 もともと九州工業大学は筑豊炭田の石炭産業を背景にして、技術者の養成を視野に入れた専門学校として建てられました。この建物は鉱山工学を行っていたところとして、まさに北九州の工業を縁の下から支えた建物と言えるでしょう。近年大幅な改修工事を受け、大学の記念施設として大きく生まれ変わりました。(5.)

新日本製鐵鉱滓線宮田山トンネル(同左)
戸畑区西大谷 昭和4年(1929)
鉱滓煉瓦造トンネル(石ポータル) 八幡製鉄/八幡製鉄
/04.3/新日本製鐵/トンネル(同左)
 反対の枝光側とは全く違った意匠でかたどられたトンネル口は、意外に住宅に近接しており、また大通りからもひとつ奧に入った場所にあるため、そこを訪れる人はなかなかいません。
 蔦に覆われたその外見は、さながらヨーロッパの古城のようで、製鉄業の持っていた威厳性と共に今は工業都市の歴史の奥深さを感じさせます。
 写真からもわかると思いますが、もともとは複線の線路が走っていましたが、鉄道輸送の需要低迷、または製鐵自体の主幹工場再編などにより、現在は単線での運行となっています。(5.12.)

戸畑区役所(旧戸畑市役所)
戸畑区新池一丁目 昭和8年(1933)
鉄筋コンクリート造/3階建 福岡県営繕課/鴻池組
/北九州市/役所(同左)
 中央にある塔に瓦屋根を持つ、いわゆる帝冠式の建物です。ほぼ同じ時期に名古屋市役所や大牟田市役所など同じような建物が建てられており、このスタイルが同時期の官庁建築の流行だったのかもしれません。しかし戸畑のそれはスクラッチタイルを使用して、他の建物よりもデザイン的要素が強いように感じます。
 一見2階建てのように見えますが、傾斜地を利用した建物で正面入口は2階になります。現在戸畑区役所は移転を準備しており、移転後この建物は図書館になる予定です。(5.8.)

日本水産北九州営業所(旧共同漁業ビル)
戸畑区銀座二丁目 昭和11年(1936)
鉄筋コンクリート造/4階建 竹中工務店/竹中工務店
/日本水産/事務所(同左)
 若戸大橋や渡船からよく見える建物です。日本水産の前身である共同漁業は昭和4年に下関からここ戸畑に移転し、戸畑はトロール漁業の一大拠点となりました。戦後国内漁業は規制に押され徐々に勢いを失っていき、今の戸畑は静かな港町のたたずまいを見せています。
 この建物は戸畑の漁業を語る上で欠かせない威容を今も誇っています。角地に特徴的な左右の対称性と中央部の塔屋がポイントでしょうか。(5.8.ニッスイHP)

明治製菓九州工場(同左)
戸畑区銀座一丁目 昭和11年(1936)
鉄筋コンクリート造/4階建 阿部美樹志/清水組
2003年12月解体/明治製菓/工場(同左)
 戸畑駅のホームから若戸大橋方面を向けば見えていたのがこの建物。一見事務所のように思えるような建物ですが、中ではお菓子が作られていました。看板を除けば左右の対称が際だつかと思います。左右の塔屋上部にある丸窓にデザイン性を見いだすことが出来ます。
 工場は平成14年に閉鎖、戸畑駅の看板的存在であったこの建物も、今はもう見ることが出来ません。現在跡地にはマンションが建設中で、形骸を留めるものは遺されておりません。(5.8.)


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