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近代化産業遺産 総合リスト


 
建物紹介例
<写真がここに入ります。(下は例)> 現在の建物名称(昔の建物名称)
住所(移設の場合、旧所在地) 建築年代
構造/階層 設計者/施工者
文化財指定・顕彰(ある場合)/撮影日/所有状況/
使用状況(建造当時の用途)
建物説明をくどくどと。(文末に参考文献ナンバー)

佐賀県武雄市編

武雄温泉第一源泉小屋(同左)
武雄市大字武雄 明治8年(1875)
木造/平屋建 不詳/不詳
/04.6/武雄温泉/温浴施設(同左)
 見たところ、確かに古い建築物であることは一目瞭然、といいたいのですが、ここは温泉地。温泉に含まれる成分の影響もあって、普通よりも木材が古そうに見えるということもあるため、念には念を入れておきたくはあります。が、このような構造物で詳しい報告があるわけでもなく、ここでは近代化遺産報告書の説である明治8年のものとして見ていきたいと思います。
 和風楼閣がそのまま地上から生えてきたような構造をしています。当然源泉調整のための簡易施設であることも影響しているのでしょうが、見ようによっては灯籠にも、鐘楼のようにも見えることが興味をひかれてなりません。どこかで詳しい調査を行っていないものでしょうか。(21.) 

武雄温泉新館(同左)
武雄市大字武雄 大正4年(1915)
木造/2階建 辰野葛西建築事務所/清水組
県指定重要文化財/04.6/武雄温泉/静態保存(温浴施設)
 近年の改修によって往時の姿を取り戻した作品。内部意匠の一部には鹿鳴館と同じものがあったとの宣伝も聞き及びましたが、偶然と言うことも、また辰野金吾のいたずらと言うこともできます。
 建物そのものの貴重さ、また地元由来であろう浴室のタイルの美しさは、何物にも代え難い貴重な文化財です。現在は県の文化財ですが、重要文化財の予備軍であると言い切れます。それだけの一貫した気品を感じる建物です。(現地案内板.21.)

武雄温泉楼門(同左)
武雄市大字武雄 大正4年(1915)
木造楼門 辰野葛西建築事務所/清水組
県指定重要文化財/04.6/武雄温泉/楼門(同左)
 竜宮形式という名にふさわしい、城門を思わせる優美な建築。明治建築界の泰斗、辰野金吾の和風建築の代表作といわれています。有名な作品であるにもかかわらず、県文化財のレベルで落ち着いているのは、一般的な知名度の低さや国と県の管理責任の帰存に問題があるのかもしれません。
 建物内には飲食施設も営業しています。よく見れば一階部分が四角い形状である原因は、各支柱部分に部屋を設ける必要が当初からあったのでは、と思えます。(21.33.)

水月堂菓子店(同左)
武雄市大字武雄 昭和初期?
木造/2階建 不詳/不詳
/04.6/民間/商業施設(同左)
 看板建築という名にふさわしい、長細い構造の商店建築。2階上軒部分の装飾に、昭和初期の伸びやかな商店建築、その意匠性を感じましたが、実際の所は本格的に調べてみないと分かりません。
 これだけ目立った建物なはずなのに、あの佐賀県の近代化遺産報告書(私が読んだ中でも1、2を争うくらいすばらしい報告書)のなかで漏れているのはきわめて残念と言うほかありません。
 この状態で分かると思いますが、現在の用途が今ひとつよくわからない建築のひとつとなっています。サッシが替えられているところを見ると、住居に使用されているとは思うのですが、、、

如蘭塾(同左)
武雄市大字武雄 昭和17年(1942)
木造/平屋建 遠藤新/松尾建設
国登録有形文化財/04.6/民間/教育施設(同左)
 さてこの作品、設計者はフランク・ロイド・ライトの忠実な後継者である遠藤新と言われています。しかし遠藤の真骨頂たるライト風意匠はかろうじて玄関の親柱にあるのみでこの建物はほぼ和風の意匠に終始されていると言って良いでしょう。
 建物自体は日中友好を祈願した創業者が留学生子女の寄宿舎として造ったもので、現在もその遺志は受け継がれている、といわれています。ただし、私が訪れたときは、いくら呼びかけても誰もいなかったのですが、、、。(21.23.)


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