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近代化産業遺産 総合リスト


 
建物紹介例
<写真がここに入ります。(下は例)> 現在の建物名称(昔の建物名称)
住所(移設の場合、旧所在地) 建築年代
構造/階層 設計者/施工者
文化財指定・顕彰(ある場合)/撮影日/所有状況/
使用状況(建造当時の用途)
建物説明をくどくどと。(文末に参考文献ナンバー)

福岡県田川市編

旧三井田川炭鉱伊田坑大煙突(同左)
田川市大字伊田 明治41年(1908)
煉瓦造排気煙突 不詳/不詳
/02.4/三井鉱山/静態保存(工業設備)
 田川市を代表するランドマーク。日本でも有数の高さを誇る高さ45.45mの煙突は、今のところ文化財指定の動きはあるものの無印のままです。ドイツ製煉瓦を約18万枚使用しているとのことですが、実際の所は国産の方が多いのではないかと推察いたします。これだけ大規模な煉瓦造構造物は筑豊でも数少なく、まさに勇壮と言うほかありません。
 敷地内は田川市石炭・歴史博物館を中心として石炭記念公園として整備され、いずれも希少かつ重要な炭鉱設備が野外に展示されています。(4. 現地パネル.)

旧三井田川炭鉱伊田坑第一竪坑櫓(同左)
田川市大字伊田 明治42年(1909)
鋼製立体トラス 不詳/不詳
/05.1/三井鉱山/静態保存(工業設備)
 田川市の中心部にどどんとそびえる構造物その2。竪坑の深さは約300m、櫓の高さは23mに及びます。真っ赤な外観といかめしい姿はかつての石炭産業を象徴したものです。操業時には同場所に保存されているケージがロープを伝いせわしなく動いていたことでしょう。
 意外というか、何と言うか。実は筑豊に遺されている唯一の鋼製竪坑櫓です。他の保存竪坑はあっという間に解体撤去され、今やこれだけという希少性は重要文化財クラスです、、が、ここも他の例に漏れず若干の問題があり足踏み状態です。(4.現地パネル.)

59684号蒸気機関車(同左)
田川市大字伊田 大正11年(1922)
9600型蒸気機関車 不詳/川崎造船所
/01.4/田川市/静態保存(機関車)
 屋根が取り付けられ、比較的丁寧に保存している機関車。ただペイントのされ方を見ると、どうしても臨場感というものがあまり沸きません。本当にこれが走っていたのかと疑問に思ってしまいます。しかし保存している限り、これも立派な機関車。かつては筑豊を走っていた車輌のうちの一台です。
 気になるところと言えば、唐突に保存されている丸ポスト。どうせ保存するなら、隣接している復元炭鉱住宅の近くとか、そう言った配慮の方が有難いです。(現地パネル.)

旧三井田川炭鉱松原一区炭鉱住宅群
田川市大字伊田 昭和初期?
木造/平屋建 不詳/不詳
2002〜2004年解体/01.4/民間/住居
 炭鉱鉱員の住居として建てられた、数百棟に及ぶ炭鉱住宅群。ひとつひとつの建物の価値は、そうでもないかもしれませんが、ここまで並ぶと独特の景観を醸しだし、ある種の「機能美」さえ感じさせていました。
 建設年代には若干の再考の余地がありますが、たとえ波形スレートに変わっているとはいえ、平屋の棟がずらりと並んでいる姿は、筑豊の大手炭鉱にかつては当たり前のように並んでいた姿であったことでしょう。今はただ懐かしむほかありません。

旧三井田川炭鉱伊加利坑煙突(同左)
田川市大字伊加利 昭和期
鉄筋コンクリート造煙突 不詳/不詳
/05.1/三井鉱山/放置(工業設備)
 二本煙突というと、地元のご年配の方でも田川伊田の煉瓦造大煙突を紹介しますが、華こそないもののこちらも立派な煙突。三井田川の中でも伊加利坑は最終期まで操業が行われていた炭鉱で、今でも若干の鉄筋コンクリート造り遺構が遺っています。これもそれらのうちのひとつです。
 遺っているとはいえ、「保存」されている状況ではありません。これは筑豊に遺る多くの近代土木構造物に言えることです。「筑豊」は自らの足跡を消したがるように、その痕跡を次々とつぶしています。美的価値があまりない遺構はここ十年で全て消え去るかもしれません。
 今は老朽化を以て取り壊しを論ずるときではないでしょう。自らの足跡を確かめるために、産業革命後の日本に住む私たちが、積極的にこれを遺すべき義務があるのではないでしょうか。


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