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近代化産業遺産 総合リスト


 
建物紹介例
<写真がここに入ります。(下は例)>牛津駅 現在の建物名称(昔の建物名称)
住所(移設の場合、旧所在地) 建築年代
構造/階層 設計者/施工者
文化財指定・顕彰(ある場合)/撮影日/所有状況/
使用状況(建造当時の用途)
建物説明。(文末に参考文献ナンバー)

佐賀県小城市編

牛津赤れんが館(田中丸商店煉瓦造倉庫)
小城市牛津町牛津 明治末期頃
煉瓦造/2階建 不詳/不詳
国登録有形文化財/06.11/小城市/静態保存(倉庫)
 後の玉屋百貨店を創設する田中丸一族の商店倉庫として建てられた構造物。よく道沿いの写真を採りあげる方が多いようですが、倉庫の用途としては内側の写真を撮れるのなら、そちらの方が適しているのかなと思いこの写真を掲載してみました。軒瓦にはしっかり玉屋のマークが付いていました。
 道路側の窓周りが大きく改造されてしまい、どうも漆喰が浮いて見えてしまいます。文化財登録の際、問題とならなかったのでしょうか。それが当初の姿というのであれば、日本にも古びを見せる技術に工夫を入れても良いのではないかと思ってしまいます。(21.)

牛津町会館(田中丸家住宅)
小城市牛津町牛津 明治後期
木造/平屋建 不詳/不詳
国登録有形文化財/06.11/小城市/余暇施設(住居)
 赤煉瓦倉庫の方が有名ですが、こちらが玉屋一族田中丸家の本宅。この苗字、この地域ではそれほど珍しくないとのこと。明治中期に改修を行ったとの記録から、それ以降の竣工ではないか推定されています。
 現在は小城市牛津町の公民館的施設として使用されています。たたずまいが畏れ多い感じもしますが、地方政治家の講演会で地元の分限者の屋敷を使うような感覚に似ているでしょうか。地元の多くの方々に愛されている建物です。(21.)

薬局建築(同左)
小城市小城町本町 昭和期
木造/2階建 不詳/不詳
/06.11/民間/住居(商業施設)
 小城の駅前通りで見かけたなかなかの物件。色彩も暖かみを持っており、医院建築としては適しているのかな(これが最適かどうかは心理学的アプローチが必要なところでしょうが)、と思います。
 私が建物を見るときに、その形態にも気が回りますが、やはりこちらのリストに載せる際のことを考えて、用途もしくは建物名称を気にしてしまいます。然れども建物に付随していた情報はただ「漢方相談」の看板のみ。医院建築のような気もするのですが、ここは単に薬局建築として紹介いたしたいと思います。詳細が分かり次第、追加記載したいですね。

JR小城駅(同左)
小城市三日月町久米 大正6年(1917)
木造/平屋建 不詳/不詳
/06.11/JR九州/交通施設(同左)
 一見明治期の木造駅舎のように見えてしまいますが、大正期の建物だとのこと。どちらにせよ、初期駅舎の形態を継いでいる建物であることは間違いありません。駅前通からは旧小城町ですが、この駅舎部分は旧三日月町に位置しています。
 駅前には与謝野鉄幹・晶子夫妻の歌碑があります。遠く離れた友人を思う歌なのですが、どちらかといえばもっと地元よりの区の方が駅前にはふさわしかったのかも、と思えてなりません。これは余計なお世話ですか。(21.)

農家倉庫建築(同左)
小城市三日月町久米 大正期
煉瓦造/平屋建 不詳/不詳
/06.11/民間/倉庫(同左)
 小城駅前にある農家の倉庫。平屋建ながら、鉱滓煉瓦と赤煉瓦とを併用しているところや切妻上部の丸窓が気になり、掲載してしまいました。母屋とともに前庭を囲むように位置しており、農作業には適した構造であることが容易に想像できます。唯一の問題は周囲の市街化が比較的進んでいることでしょうか。
 現在でも倉庫として使用されているのでしょうが、それ程頻度は高くなさそうだと推測します。今後ライフスタイルの変化とともに改装して用いるか、さっさと取り毀してしまうか。いずれにせよ所有者の掌次第でしょう。(21.)

旧秋山医院(同左)
小城市三日月町大寺 大正15年(1926)
鉄筋コンクリート造/2階建 不詳/不詳
/06.11/民間/住居(医療施設)
 道すがら、見過ごしてしまいそうな郊外の半農半住宅地にある医院建築。鉄筋コンクリート造建築というもの自体がそれ程普及されていなかった時代、陸屋根を持ち、手摺りまでコンクリート材でまとめる手法には、かなりの熟練度を感じます。
 戦時中には、軍施設として接収されていたこともあったとのこと。接収というものは所有者にとっては哀しいことですが、それだけ建物の素材として評価されていることをも意味しており、この建物の価値をそのまま表現しているエピソードと言えるでしょう。(21.)


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