[PR]今日のニュースは
「Infoseek モバイル」

近代化産業遺産 総合リスト


 
建物紹介例
<写真がここに入ります。(下は例)> 現在の建物名称(昔の建物名称)
住所(移設の場合、旧所在地) 建築年代
構造/階層 設計者/施工者
文化財指定・顕彰(ある場合)/撮影日/所有状況/
使用状況(建造当時の用途)
建物説明をくどくどと。(文末に参考文献ナンバー)

福岡県久留米市編

雪の聖母聖堂(大名町カトリック教会)
久留米市津福本町
(福岡市中央区大名二丁目)
明治27年(1894)
煉瓦造/平屋建 ベレール神父/不詳
市指定文化財/05.1/雪ノ聖母会/宗教施設(同左)
 県内では最古の教会建築といって良いのではないでしょうか。元々は天神・親富孝通りと昭和通りとの交差点近くにあるカトリック教会として建てられたものです。建替えなどに伴い撤去されるところを当時の有識者の尽力によって久留米のこの地に移転。現在もその勇姿を拝むことができます。
 現在は隣接して大きな病院が建てられ、煉瓦教会は少し窮屈そうにしています。それでも一歩中に入れば、移設前と変わらない荘厳な雰囲気に包まれます。(0.) 

金文堂ビル(金文堂書店本店)
久留米市中央町 明治43年(1910)?
木造?/3階建 不詳/不詳
/07.12/金文堂/商業施設(同左)
 大振りな商業建築。元々は書店の本店としてたてられたものを飲食店としてリノベーションし、多くの方々に利用されています。とりあえず、私はまだここで食べたことはないので行ってみたら内装などの感想を付け加えたいと思います。
 元々は伝統ある書店であったからか、相当に大きな規模を持っています。大通りとの建物の向きがかなり気になるのですが、おそらく大通り側の拡幅の影響で不思議な位置関係になっていると考えられます。建造年含め、若干謎が残っており、継続して調べたいところです。

月星化成第1事務所(つちやたび合名会社)
久留米市白山町 大正6年(1917)
木造/2階建 不詳/不詳
/05.1/月星化成/事務施設(同左)
 工場内の洋風建築。月星化成の歴史を物言わぬ形で後世に伝えています。建設当初の写真と比べると、板が張られ柱の色も抑えられていることもあってか、多少おとなしめの印象があります。会社のシンボルとして大切に使われているようで、外見には特に大きな問題は見られません。
 古くからある工場施設には、町中に既に失われた美的センスを感じることがあり、このリスト内でもたびたび紹介しています。現在も遺るそれらは、ただの回顧主義にならず、現在ある機能一辺倒主義へのアンチテーゼとして貴重な旗頭です。(4.)

みずほ銀行久留米支店(第一銀行久留米支店)
久留米市日吉町 大正14年(1925)
鉄筋コンクリート造/2階建 西村好時/清水組
/07.12/みずほ銀行/金融機関(同左)
 かつては筑後国の中心であった関係からか、久留米にはその現在の都市規模以上に大きな建物があります。この銀行建築もそれらの中のひとつ。第一銀行関連の建築の中でも特に窓が小さく、壁の重厚さが印象に残ります。銀行名を替えながらも同一系列の銀行として現在も使用されている、九州ではかなり希有な例と言えるでしょう。
 周辺には旧十七銀行の建物もあり、かつての金融街の雰囲気をわずかながらとどめています。周囲には駐車場も少なく、車では写真も撮りづらいので、歩きでの建築をお薦めいたします。(清水建設九州支店50年史.)

つきぼし歴史館(迎賓館)
久留米市白山町 大正15年(1926)
木造/平屋建 不詳/不詳
/05.1/月星化成/展示施設(同左)
 2004年企業博物館としてオープンした施設。元々迎賓館として建てられた経緯もあってか、唐風の外観はどことなく周囲にそぐわない印象があります。内装は天井を除けばみるところが少なめですが、展示してある品物がひと味違い、なかなか楽しませます。
 工場内にはこの他にも第1事務所はじめ数多くの近代建築があるようですが、通常見学することのできる施設は、現在この歴史館のみです。その施設もどちらかといえば人の少ない通りに玄関を設け、周囲の壁はコンクリートブロック。建物が少し、寂しげに見えます。(パンフレット.) 

久留米市立中央図書館西分館(十七銀行久留米支店)
久留米市日吉町 昭和初期
鉄筋コンクリート造/2階建 不詳/不詳
/07.12/久留米市/余暇施設(金融機関)
 表通りには面していないものの、どこか気になる外観を持つ建物です。この建物、元々は十七銀行(現在の福岡銀行)久留米支店として建てられたもので、現在は市立図書館分館が入居しています。中には当時を物語る金庫などがそのままの形で書庫に変わっており、なかなかその使用方法にも面白いものがあります。
 かつて建物が面していた通りはかなり幅も狭く、こんな所に銀行置くの? と言ってしまいたくなるのですが、元々はかつての街道筋に当たるそうです。近隣には史跡公園もあり、中世から近代の歴史を今に伝えています。

久留米大学本館(同左)
久留米市旭町 昭和4年(1929)
鉄筋コンクリート造/3階建 松田昌平/松田組
/07.12/久留米大学/教育施設(同左)
 堂々たる大学建築。数少ない旧制大学(久留米医科大学として戦後大学令に基づき設置)のひとつとして、少なからぬ威厳を持っている建物です。設立に関しては、ブリヂストンのオーナーである石橋家から敷地と資金の提供を受けており、企業が支えた地方都市文化を象徴する施設のひとつと言えます。
 織物からゴム産業へと進出し現在もブリヂストンはじめ侮れない工場群を数多く持つ工業都市・久留米の懐の深さを感じる次第です。これで、大学病院の建物が遺っていたらベストだったのですが、、、(4.)

久留米大学病院旧本館(同左)
久留米市旭町 昭和7年(1932)
鉄筋コンクリート造/3階建
(建造当初6階建)
松田昌平/松田組
/07.12/久留米大学/医療機関(同左)
 久留米大学の中でもう一つの注目すべき建物、、だったのですが、新病院建設工事に伴ってその特徴的な部分であった正面玄関と塔屋部が取り壊されてしまい、外観的に目立つ特色が薄れてしまいました。一歩遅かったようで極めて残念です。
 新病院の完成とともにこの建物がどうなってしまうのか、どうも悪い予感しかしないのですが、もし伝統を尊重する立場の方がいらっしゃれば、旧建物の一部復元など現存する部分を大切にする措置を行っていただきたく、心より思う次第です。(4.)

石橋迎賓館(石橋徳次郎邸)
久留米市城南町 昭和8年(1933)
鉄筋コンクリート造/2階建 松田軍平/清水組
/07.12/ブリジストン/工業施設(住宅)
 ブリヂストンが迎賓館施設として現在も使用している洋館。やはり雰囲気の良い洋館というものは、玄関部から凛とした雰囲気が伝わってきます。大正から昭和初期に流行したスパニッシュスタイルを用いたすがすがしい建物で、明治期に作られた豪商の建物のような格式張ったいかめしい洋風ではなく、九州の強い日差しに似合った軽さを持っています。
 イベントなどで一部公開することもあるようで、そういった機会には是非とも見ておきたいと思います。門から見た姿だけでも、一見の価値はあります。(日本建築家協会サイト.)

本町防犯協会(同左)
久留米市本町 昭和期
木造/2階建 不詳/不詳
/07.12/久留米市/事務施設(同左)
 どこの地方都市にもありそうな小規模建築です。が、このような建物自体も都市設備更新とともにずいぶん少なくなってきました。縦軸の強調はもう少し大きな規模の建物であればありがちな手法ですが、これくらい小さな建物となると、それほど見られないように感じます。
 現在は防犯協会が使用している建物ですが、元々は商業建築のたぐいではないかと考えられます。規模的には交番もありなのですが、どうもデザインがしゃれすぎている感じもしますし、、、判断が難しいところです。


戻る